妄想与太話。

大学生の日記です。

自作小説『プログラミング』

(この記事は約3100文字です。 目安読了時間:5分)

 

呼び鈴が鳴る。

 

本日1人目の患者。多い日で5,6人を治療する。

 

治療といっても私は患者の身体はいじくらない。いじくるのは脳だ。

もちろん直接触るのではなく、コンピュータを通して電気的に操るのだ。

 

 

「勉強が好きになるようにしてください」

 

真面目そうな学生。聞けば彼は、熱心な教育ママと大学教授の一人息子で、現在有名私立高校に通っているらしい。

しかしそこで成績が低迷し、勉強が苦痛になったという。哀れなことだ。

彼のような人間こそ、治療のしがいがあるというものだ。

 

「ではベッドに横になって。あまり緊張しなくても大丈夫だ…」

 

見慣れない金属の分厚いヘルメットに少年は若干筋肉を硬直させる。しかし、それもすぎにおさまる。ヘルメットから脳をリラックスさせる波長が出されるからだ。

 

「気分はいかがかな」

 

「ええ、ちょっとぼんやりします」

 

「そうか。では治療を続ける」

 

しばらくして、作業を終える頃には少年は眠っていた。少年を起こし、私は効果を確認するために本棚から書籍を持ってきた。

初学者でなくても投げたしたくなるような分厚い医学の専門書だ。

 

「なんだか面白そうな本ですね」

 

そう言うなり、少年は熟読しはじめた。こちらがやめさせようにも食い入るように本から目を話さない。家に持ち帰ってもいいというと少年は本を広げながら家路についた。

 

「やれやれ、今どき歩き読書か…二宮金次郎じゃあるまいし」

 

 

 

私の治療は一言で説明すると脳の再プログラミングだ。

 

彼が勉強をすると脳が快楽を感じるように作り替えた。

 

別に性格が変わるわけでもない。新しい趣味に目覚めたようなものだ。

たばこやギャンブルがやめられない人々がいるが、あれは脳内物質の働きによるものだ。少年にはそれと同様のことをしたわけだが、依存する対象が勉強であれば、ドラッグやアルコールなどより100倍マシだ。

 

最も、合法の医療ではないし、私以外でこの技術を持つ人間が出たり、妨害されたりすると商売に差し支えがあるので、根回しは済ませてある。

 

すなわち、国家権力。有力な警察官や検事、裁判官などは私の顧客である。

私が治療すればどんな怠け者でも司法試験に一発合格するくらいの勉強を自らするように変えられるし、気の遠くなるとうな捜査を嬉々として取り組ませることも可能だ。

 

 

誰かが私を検挙しようが、暴漢に襲わせようとしようが、誰かしらが感知して私の身の安全を守るように約束してある。口約束では心許ないので本当は私を守らせるプログラミングもしているのだが…

 

結局、世の中を動かしているのはそれぞれの人間であり、もはや私には恐るるに足らずの存在だ。

 

 

 

呼び鈴が鳴る。

 

2人目の患者。色白で痩せた、サラリーマンらしき背の高い男だ。

 

「私には忍耐が足りないんです。仕事では上司の叱責や深夜労働が苦痛で逃げ出し、これまでに3回転職しています。またガールフレンドがいましたが、ヒステリーの持ち主でこれに耐えきれず別れました。それから……」

 

男はいかに自分が弱いか、それが原因で生きていくのが嫌になったと私に語った。

 

哀れなことだ。命を捨てることが選択肢に入ってもなお、彼を助ける人間はいない。

私を除いては。

 

ウイルスや細菌が原因なら普通の病院でも治してもらえる。だが、こういった個人の性格の問題は病院では簡単には治療できない。

 

「負の感情をなくして欲しいんです!」

 

男は懇願した。しかし、それはできない。負の感情をなくせば他者の負の感情も推察できなくなり、その結果何をしでかすかわかったものじゃない。

 

「それはできないが、必ずよくしてあげよう」

 

治療に取りかかる。

 

今回は、端的にいえば、マゾヒズムの傾向を強めた。

これで彼は苦痛や困難をむしろ悦びとして受け止めるだろう。

 

人が嫌がることも率先して請け負う。どんな男でも逃げ出すような女性を相手にもできるだろう。それでいて、一般的な喜び、嬉しさも享受できる。

 

今まで苦労した分、幸せになるといい。

彼は深々とお辞儀をして帰って行った。

 

 

私はこの仕事の収入に満足しているが、それ以上にやりがいに満足している。

わけのわからない商品を売りつけたり、傲慢な顧客に媚びへつらったり、なんてのはごめんだ。金のためならしょうがないと自分を納得させるのも私には難しいだろう。

 

もっとも、私自身にプログラミングすればいいのだが、なぜかそれは気が進まない。

 

 

その後も、自分が不美人なのを気にする女性や食べることが好きで極度の肥満になった男性を治療した。

彼女らの幸運は私に出会ったことだろう。

そして同じことが私にもいえる。不幸で哀れな患者がいるからこそ、私は収入を得られ、やりがいを感じることもできる。

 

 

 

呼び鈴が鳴る。

本日最後の患者。大学生の青年で、ちょっとだらしない格好だ。

 

「俺、どうしても人を殺したくて殺したくてしょうがないんです。好奇心からいろんな動物を殺してきました。はじめは猫、そして犬、鳥、猿、馬、牛……」

 

動物好きの私としては心が痛む話を聞いた。しかも彼はその性癖にわずか7歳で目覚めてしまったというのだから驚きだ。とはいえ、殺人衝動についてはさほど驚きはしない。なぜなら、私のところには結構このような患者が来るからだ。

 

犯罪予防として警察に連れてこられる人間もいる。

 

 

「先生は空腹で目の前にごちそうがあったらどうしますか。そりゃ多少我慢できるでしょうが、それもいつまで持つか。今、俺の状況はまさにそんな感じなんです」

 

彼は眉間にしわを寄せながら訴えてきた。手が震えている。ひょっとして、今も私を殺したくてうずうずしているのかもしれない。体力に自信がないわけでもないが、この若者の手にかかれば私などひとたまりもない。

 

「わかった。すぐに治療をしよう」

 

青年をベッドに寝かせ、プログラミングを施す。

リラックスさせ、コンピュータをいじり脳を変え、目を覚まさせる。

 

 

 

「ありがとうございました。おかげで気分がすっきりしています。このご恩は忘れません…」

 

見違えるような顔つきで彼は私の病院を後にした。

 

人を殺したくてしょうがないのを人に尽したくてしょうがない、という思考回路に変えた。今後はお節介と言われるかもしれないが、殺人志願者よりもだいぶましだ。

 

ひょっとしたら将来何かの分野で著名人になるかもしれない。人に尽くすというのはそれだけ需要のある行動なのだ。

 

 

それにしても世の中には哀れな人がたくさんいるな。そのおかげで私は裕福な暮らしができるのだが……

そして脳の働きに手を加えるだけで、端から見て哀れな状況にいたとしても当人は幸福の中心にいるわけだ。環境を変えるよりはるかに簡単で確実だ。

 

皆が私のことを知ったら悪魔と思うかな。それとも救世主と思うかな。

 

まあ、それも当人の脳次第、か………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても報奨制度ってのは良いのか悪いのかよくわからんなあ」

 

「ああ。悪いことをしたら刑罰が与えられる。善いことを報奨を与えられる。かつては賞金やら名誉やらが普及していたが、刑罰に比べてあまりにも軽かった」

 

「それで行きついたのが、希望制で本人の望む夢を見させるというアイデアとはなあ」

 

「懲役ならぬ禄夢5年なんて与えられたら、夢にまでみたあんなことやそんなことができる生活が5年間続くんだぜ。それに夢を見ている間はほとんど年を取らないらしいし仕事も免除される。生活補助金も支給される。まさに至れり尽くせりだ。この間も人命救助でおじいさんが報奨を与えられ、夢を選択したんだと」

 

「夢を見ていることを認識できないのなら、楽しい夢の中の方が辛い現実よりもいいのかもな。だか、何か納得できない部分があるなあ」

 

「ま、俺たちには縁のない話さ。現実に生きようぜ」

「…それもそうだな」

 

時折、自分が大手柄をあげたり、外国の要人を命がけで守ったり、芸能人と恋に落ちたりする空想をするが、あれを現実であるかのように感じられたらさぞかし楽しいだろう。だが、そこそこの暮らし、そこそこの成功、そこそこの幸せ。そして疲れ。これが俺の現実なのだ。

 

そしておそらくこの世のほとんどの人が……。